sadadadの読書日記

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正しさを競うことには意味が無い

人は正しいか間違っているかの2元論に走りやすい傾向にあります。極論に走るのは簡単ですが、思い込んだ正解を主張するだけでは問題解決には至りません。そもそも絶対の正解は定義された数学か盲目的な宗教ぐらいにしか存在しません。互いに正解らしきものを受け入れなければ問題自体がご破算になる可能性もあります。結局、正しさを競うことは互いに反対を向いて走っているようなもので決して出会うことはありません。お互いの正しさを主張し続ければ永遠に答えにたどり着くことはできないなら、正しさを競うことにはあまり意味がないのです。

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学

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1 必要なのは正しさを競うことよりも、受け入れる土台を作ること

問題解決を有意義なものにするためには、まずお互いの距離を知り、そこからどこまで歩み寄れるかを確認することです。そのためには、まずそういったプロセスを互いに尊重しあうことを確認することから始まります。何が正しくて何が間違っているかを主張するのではなく、お互いがお互いの正しさを認めて、間違いを認め合うことです。また、互いの主張の間を模索して落としどころを探ることです。大切なことは『何が適切か共有すること』なのです。

2 間を模索することが正解へ至る最短経路

問題は常に目の前にあります。それをどう捉えるかはそれぞれ異なります。正解へ至る正しい道はそれぞれに存在しますが、それぞれの道にはそれぞれの障害が存在します。前者は自分が良く見ていますし、後者は相手が良く見ています。お互いが歩み寄らなければそれぞれの道でそれぞれが苦労することになるだけです。おたがいに第3のルートを模索して協調していくことこそ正解に至る最短経路であることは間違いありません。

3 間を模索するときの思考プロセス

自分だけの世界に固執することは、見えていない部分を見ないという危険な行為です。それは相手にとっても同じことです。お互いがお互いの殻に閉じこもり、相手だけを非難することに生産性はありません。意見を理解し合い、お互いの歩み寄れるところは歩み寄るといった思考プロセスはお互いにとってメリットは大きいはずです。ものの見方、考え方を変えるだけでそのメリットを享受できるなら、それはやってみる価値はあるはずです。

  • WIN-LOSEの思考プロセス

1 相手の意見を疑う。
2 相手に意見を変えさせ、自分の意見を受け入れさせる。
3 自分の意見と同じくなることに満足する。

  • LOSE-WINの思考プロセス

1 自分の意見を疑う。
2 自分の意見を変え、相手の意見を受け入れる。
3 相手の意見と同じくなることに満足する。

1 自分の認識を疑い、相手の認識を疑う。
2 お互いの意見を刷り合わせるための努力を行う。
3 自分と相手の意見の間に目的に適した解を共有する。

  • LOSE-LOSE

1 他人の認識を疑う。
2 お互いに意見を受け入れない。
3 お互いの意見が違うことに満足する。

正義はつねに目標でなければならず、
必ずしも出発点である必要はない。
ジョセフ・ジューベル

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