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sadadadの読書日記

読書した本のまとめ、読後所感、考えたこと



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弱い人ほど相手を許すことができない

一回でもレールを踏み外すと社会的に烙印を押され、封殺され、永遠に苦しめられる。そんな社会ではリスクを負ってチャレンジするプレッシャーが半端なものではありません。ましてやリターンにおいてはリスクを負っていない人が群がってくるとなれば、生きていくためには保守的にならざるを得ません。保守はミスしないことを前提します。前例踏襲を『当たり前』として変化することを極端に嫌います。リスクを過大に評価し、チャレンジする人を自重させ、押しとどめるような社会では無気力さが蔓延し、だれも指揮をとることをしなくなるのは当然なのかもしれません。

「見せかけの勤勉」の正体

「見せかけの勤勉」の正体

1 失敗を許さない人は責任を引き受けない

リターンを得るには必ずリスクを抱えたチャレンジが必要です。リターンを生み出すことをしない方が得な社会では、皆がそうして当然です。そのような人が増えるのは、失敗を許さない環境が原因です。リスクを一部に背負わせて、過剰な負担を掛けておきながら失敗を許さないような環境が至るところに存在します。失敗を許さない人たちは枝葉末節な議論を空転させるだけで自分で責任は引き受けません。そのような環境で自ら先頭をきっていくことは至難の業ですし、自ら動いてもリスクばかりが大きいだけでメリットがありません。

2 リスクと戦う人を後ろから攻撃してはならない

やはりリスクに積極果敢に取り組む人は、リターンを得る可能性のある人全体でバックアップすべきです。リスクがリターンよりも大きいならば合理的に説得して踏み留めさせればいいだけです。挑戦者が意欲をなくしてしまうことは社会全体にとって大きなマイナスです。閉塞していくような社会を作るのは私たち自身の失敗を許さない心なのかもしれません。リスクをとった上でのミスは罰してはならないのは共通のルールとすべきです。一度も失敗しない人など誰もいません。

3 考えるべきは処置よりも予防

考えるべきは、アウトプットを処置するのではなく、インプットで予防することです。失敗することを忌み嫌って排除するのではなく、失敗に真正面から向き合い引き受けることです。ミスを減らすためには積極的にミスに対して取り組むことしかありません。過去のミスした事実ををいくら批判したところで、すべてが今に活かせるわけではありません。ミスをした理由にしか教訓は眠っていないのです。転ばぬ先を手に入れるためには皆で失敗を予防し、防げなかった事実から理由を分析して共有していくことしかないのです。


どれだけ予防線を張ったとしても人は失敗します。それを許し、同じ失敗を繰り返さないために学び、再び立ち上がってチャレンジしていく、そんな失敗を許容する社会こそが躍動感のある社会になるのではないでしょうか。


弱い者ほど相手を許すことができない。
許すということは、強さの証
マハトマ・ガンジー

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