sadadadの読書日記

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『伝え方が9割』から学んだ伝えるための3ヶ条

話が伝わらないということは、相手だけでなく自分にとっても不利益を被ります。馬鹿にされたり、機嫌を損ねれたり、挙句には怒らせて危険な目に合う可能性すらあります。だからといって、話をすることを諦めてしまうことはできません。隣に人がいる限り、必ず何かしら会話を通じてやりとりをしなければならないからです。話上手ではないまでも、最低限の話ができることは現代人にとってマナーとも言えます。であるならば、少しでも上手になるように学ぶことは、誰にとっても利益のあることだと思います。



伝え方が9割

伝え方が9割

話が伝わらないのには理由がある。

前提として、どんな話でも厳密に言えば完全には伝わることはありません。話し手が伝えたい内容は聞き手の解釈によって必ず変化させられるからです。つまり、自分の中で理解していることがあっても、まったく同じものを他人に理解させることは出来ないのです。ということは、話を聴いた人が違う人に同じ話をすればさらに受け取る内容が異なります。伝言ゲームが繰り返されれば繰り返されるほどに、伝わる内容に背びれ、尾びれがくっつくのです。このようなことが起こるのは、それぞれの人が持っている認識する力がそれぞれ異なるからなのです。

『伝わること』を期待しないこと

つまり、話相手の認識が異なるにも関わらず、一方的に話をした場合、話がまともに伝わるということはありえないのです。自ら歩み寄ることなしに、自分に合わせてくれる人を待っていれば、伝わる話をできるかもしれません。しかし、そんな自分に関心をもってくれるような奇特な人はあまり期待しない方が建設的です。話が伝わらない最大の理由は、相手のことを考えず、自らの受身的な考え方、行動によるところが大きいのです。

『伝えること』を意識すること

もともと会話のハードルが低い日々同じ場所に生活する人や、忍耐力、受容力に優れている人に話す場合は伝わることもあるかもしれません。しかし、相手に期待して、自分勝手に話すのは失礼ですし、伝わらないことを聞き手の責任にしても自分勝手な自分を伝えているだけです。伝えたいなら、自分から伝えようとする意思を持ち、自分勝手な前提条件や損得勘定を抜く。そして、相手との共通項を探り、相手の身勝手な意思をも受け入れる器を持つ等、『相手に伝えたいなら、まず受け入れる自分になること』が話を伝える前提になるのだと思います。

コミュニケーションとは自分と相手の境を共有すること

コミュニケーションは自分の境界を広げて、相手の境界と触れ合い、取り込むことでもあります。それは、いままで自分でないものを自分の領域に取り込んでいくことでもあり、違和感や葛藤を引き起こす原因にもなります。しかし、それは自分を大きくするために必要な試練でもあります。人は人と交われば交わるほど、しなやかに強靭になります。変化する自分を楽しみ、相手も変化することを喜ぶ、そんな自分になりたいものです。

「伝える」ための3カ条

1 関心を持つこと

人は周りから「関心を持たれている」と思われたいものです。継続的に接すること、接するときに常に関心を寄せるよう意識することで、真意が伝わり心開かれます。しかしながら、その真意に嘘や偽りが見え隠れしては本当の信頼は勝ち得ません。話を聞き、悩みを共有し、一緒に考えることで、相手の関心に対して寄り添うことが何より重要です。

2 自然体になること

器の大きさは語らなくとも分かるものです。周囲対して自分のエ器を大きく見せたところで、結局見破られてしまいます。過大な自己評価は自分自身の価値を失うものでもありますので、尊大なプライドとともに捨ててしまいましょう。自然体でありのままの自分でいる方が、ありもしない自分よりも好かれることは間違いありません。

3 受け入れる自分を作ること

人は意識的であれ、無意識的であれ受け入れられることを望んでいます。発言そのもの、存在そのものを受け入れてくれる器の大きい人には、信頼とともに人が集まっていきます。伝える言葉を発する前にまずは、相手そのものを玉石混合を許して受け入れることです。相手の心に届く言葉は相手の心が開いていなければ届かないのです。

弟子に準備ができたとき、師は自然に現れる。 ジーン・シノダ・ボーレン