嫌われないために動くほど嫌われるわけ
嫌われたくないという気持ちは誰もが持っているものですが、嫌われたくないと思っても考え方や思想が反対を向いていれば必ず嫌われます。そんな反対層からの批判に耳を傾けることは重要ですが、安易に批判に迎合すれば、支持していた層から批判を受けます。それらの批判を解消するために双方に対していい顔をして努力しても、それはどっちつかずな状態を生み出し、また新たな批判を受けることになります。あちらが立てばこちらが立たず状態に振り回され続ければ、結局すべての支持を失うという残念な結果になってしまいます。嫌われないために動けば動くほど嫌われるのです。
- 作者: 佐々木常夫
- 出版社/メーカー: WAVE出版
- 発売日: 2010/10/21
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1 八方美人は嫌われる
そもそも万人に好かれることなど誰もできません。誰からも嫌われ無いためには、まったく自分の意見を持たない人か、取るに足らない人になるしかありません。普通に生きていても、必ず誰かには嫌わます。特に、力がついてくれば批判する人は鰻上りに増えてきます。真面目な人ほど、そんな批判を無視することができません。しかし、批判する人に対して風見鶏な行動をとれば、陰で支えてくれている味方の信頼を失うことつながります。批判をする人に顔を向けて、応援してくれる人に背を向けるのは本末転倒です。
2 批判は興味の裏返し
批判は気になるから行っているとも言えます。つまり、批判は興味の裏返しなのです。批判は自分に何らかを求めているサインなのです。好き嫌いは、個人の感情に過ぎません。そんな感情を勝手に貼り付けていいるだけなのですから賛同や批判のレッテルに対して義務や責任を感じる必要はありません。そんなレッテルで自分の主義主張を曲げれば賛同も批判も消失し、誰からの興味も失われるのは明白です。立ち位置は自分で決めればいいのです。レッテルは自分にとっての参考資料にすればいいだけのことなのです。賛否両論も玉石混合ですから自分で選択して引き受ければいいのだと思います。
3 嫌われないために動くほど嫌われるわけ
最近では批判されないために主張せず、行動しない人が増えてきている気がしてなりません。自分の意見を隠して、取るに足らない人になることで、誰にでも批判されない地位を得たとしても空気のような孤独な自分しか残りません。わざわざ、そんな寂しい選択肢を選ぶ必要は何処にもありません。他人がどう考えているのかは、たいした問題ではありません。他人の顔色を見ている時間があれば自分の腕を眺めてみることです。逞しい腕には必ず人は集まってきます。大切なのは、あなたがどう考えているのかであり、どう行動しているかなのです。
「嫌われるのが怖い」と思うのは、今の自分は嫌われてないと思い込んでるから。
山崎弘也