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sadadadの読書日記

読書した本のまとめ、読後所感、考えたこと



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桑田真澄が語る、知っておきたい教えるときの5つのポイント

年齢を重ねるほど経験や知識は増えます。それらを自分のために使うことはもちろんのこと、手が回らなくて手伝ってもらう時、子供や部下を持った時、そして第一線を離れる時など、人間生きていれば必ず「教えるとき」が出くわします。つまり、教えることは「続けていくため」に欠かすことができないものなのです。しかし、日常的に教えている人でも、『上手に』教えることは難しいものです。年長者としての責務として、教えるときに気をつけるポイントについて知っておくべき5つのポイントをまとめました。



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桑田真澄が語る、教えるときの5つのポイント

1 教える内容を準備すること

一方的に思いのまま教えても、教わる側の理解は進みません。順序や構成に気を配り、教える内容のハードルを下げる必要があります。ハードルが高ければ、教わる側に多くを要求してしまいます。耳をこちらに向けるための仕掛けの準備は必要です。ただし、完璧な準備はしないことです。内容が濃くなりすぎれば受け取る側の負担も大きくなり、硬くなります。気負わず、肩の力を抜いて気楽になることも大切です。

2 教えるとは評価すること

知っている人の感覚で、教えても理解できるわけがありません。教わる人のレベルを把握し、学ぶ内容の全体像を見せてて、それぞれにチェックポイントを指し示すことです。大切なことは、進捗を評価することです。評価はしすぎるぐらいでも構いません。ただし、怒ったり、卑屈になったり、媚びたりして的外れな評価はしてはいけません。ただひたすらに褒めるべきを褒め、改めるべきを指摘することです。教わる側の観点を見失ってはなりません。学ぶことができるのは、あくまでも教わる人です。

3 すべてを教えないこと

教えるとなると、一から十まで丁寧に教えたくなりますが、あまりよいことではありません。教わる側を入り口に立たせることに注力するべきです。自分の力で理解することは、次のステップへ自分の足で踏み出す大きな力になります。先取りしてすべてを教えることは、そのエネルギーを奪うことに繋がることになりかねません。教わる側が自分の目で見て、自分の足で歩いていると感じさせることは大切な事です。

4 気持ちよく失敗させること

ミスや失敗を許さない雰囲気は、教わる側を萎縮させます。自主的な成長を妨げで受身になり指導者の顔色を伺うようになります。結果的に教育効果は下がり、極めて非効率になります。安心して失敗させる環境は大切です。むしろ、失敗しきれていない部分を逆に体験させてやるぐらいの気持ちも必要です。教育効果が一番上がるのは「失敗したところから這い上がる時」です。

5 いつまでも教えないこと

教わる側がいつまでも教える側を必要とするのは健全ではありません。教わる側が自分を必要としなくなるように教えることが大切です。いつまでもいつまでも同じように教えを請わざるを得ないのは、教え方が誤っています。教える側は常に、慕ってくれたり、必要とされるのがうれしい気持ちを乗り越える必要があります。教える側は、教わる側を枠に閉じ込めてはいけません。自分の範囲内に留めてしまってはせっかくの才能を潰すことにも繋がります。自分が不要になったことを喜ぶ気持ちを忘れてはなりません。


教えるときに常に意識しておきたいこと

いつか教わる側は、教える側を超えていきます。教わる側が新しい世界に向かって自分の頭で考え、自分の足で歩き始めることを素直に喜びましょう。教わる側が、自分達の背中を乗り越えていく頼もしい姿を笑いながら見送りましょう。教えると言うことはそういうことだと思います。そして、いつしかまた教わる側は教える側になり、同く教えることを繰り返していきます。いままでもこれからも世の中はそうして発展していくのだと思います。

子供達を指導する前に、誰かに指導してもらってください。

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