sadadadの読書日記

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混乱しているときに考えるべきは混ぜることよりも組み合わせること

日本では何かと曖昧な部分が多く、明確にしない(されない)場合が多いです。そんな曖昧な部分が増えれば増えるほど、一部の人にしわ寄せがやってきます。そして、守備範囲が広くなり、負担が一部に偏ります。そうなれば、何となく集まってしまえば、何となく担っている人がいる一方で、何となく担っていない人もいることになります。そんな不合理な集まりは非効率を生むだけでなく、集まることのモチベーションが保つことが難しくなってしまいます。生産性のない多くの状況が発生するのは、やはり曖昧な考え方をしていることが問題なのです。

マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則

マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則

1 役割や責任を分担しなければ集まる意味がない

忙しくなればなるほど曖昧さは百害あって一利無しです。できる人は、多くの役割や責任を抱えてもある程度はやり遂げる実力を持っています。しかし、すべての分野をハイレベルな基準でこなすには至りません。そもそも投入するだけの時間も継続するだけのスタミナも無限ではありません。最悪、大きな負荷がかかり、限度を超えてしまえば、幹の中心からポッキリと折れてしまいます。こうなってしまえば個人としても集まりとしても復元は不可能です。役割と責任を明確にしないでおけば本来集中すべきことに集中できない環境になってしまいます。やはり、集まりを全体としてうまく機能させるためには、それぞれの持ち場を決めて、それぞれの持ち場を任せていくことでしか達成できないのです。

2 曖昧に混ぜれば総合力を失う

あまり考えもせずに混ぜ合せれば役割も責任もごちゃ混ぜになります。様々なところでぶつかり合いが生じ、こまごました所で役割の配分や責任の押し付け合いが起こります。最悪、義務のなすりあい、権利の奪い合いが始まります。義務だけを押しけられて理不尽役割を担わされる人と、権利だけ引き受けるフリーライダーな人が出てくれば互いの信頼を失い、集まりとしての総合力が落とすことに繋がりかねません。曖昧さは、相手の土俵に踏み込んで荒らしたり、反対に自分の土俵に誰かが入って荒らされたりすることを許容します。自分に自信がないときは土俵も混ぜたくなるものです。しかし、それは自分の持ち場を曖昧にするだけでなく、自分を弱くし、総合力を失うきっかけになるのです。

3 分担するために必要なもの

お互いがお互いを活かしあうためには、それぞれの持ち場をうまく設定し、それぞれのすべきことに集中させることに尽きます。たとえ人や物が大量にあったとしても、しっかりと組織して運用する『枠組み』が設定なければ烏合の衆になり余計に混乱するだけです。効果的な組み合わせをするためには、まず何よりお互いの立場を尊重しなければなりません。門外漢が専門を超えて土俵を荒らすことは基本的に許されません。役割や責任を組み合わせるためには信頼して任せなければ『分担する』ことができないのです。つまり、分担するためには『信頼』がなにより重要なのです。

4 混ぜるのではなく組み合わせる

人は自分の中ですら曖昧な部分を持っているものです。そんな曖昧さで自分の身を隠していてはいつまでたっても『分担』する能力は身に付きません。総合力は曖昧にすることからは絶対に生まれません。総合力を発揮できるのは、分担された持ち場を守る責任ある個と、それらをうまく組み合わせた集まりが共にそろった時だけです。みんなの力を結集させるために、まずはどのような組み合わせにも耐えられる自分を磨いていきましょう。そして、枠組みを作れる立場になったら、個を活かすことができる組み合わせを考えましょう。そして、それぞれの間に多くの信頼を組み上げていきましょう。

世の中で、最もよい組み合わせは力と慈悲、
最も悪い組み合わせは弱さと争いである。
ウィンストン・チャーチル


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