sadadadの読書日記

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苦しいときこそ分け合わなければならないと思う理由

基本的に仕事は何らかのコミュニティ(会社、団体などの組織)で行います。そんな仕事の報酬はまずコミュニティで受け取り、その後に個々人に再配分される形を採ります。コミュニティにいる限り報酬は何らかの形でコミュニティ内でシェアしなければなりません。一方で、ダイレクトに報酬を得たいならそんなコミュニティを離れ、フリーに生きなければなりません。ただし、フリーな状態になれば自身を支える基盤を自前で作り、それを支えることが前提条件になります。得られる報酬は大きくなりますが、フリーとして占有すればするほどに孤独になります。喜びも独り、悲しみも独りです。

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1 フリーの悲劇

報酬を占有するためには「自分」と「他人」の境界線を決めなければなりません。境界を引き各個にフリー化すれば、それぞれは専門的になりますが、セクショナリズムが進みます。そして、それぞれが独立的な動きを始めれば、個別最適は進みますが、全体最適からは程遠くなります。自分がいくら成果をあげようとも、全体として成果が上がらなければ、コミュニティの力は衰え、自律できなくなり、やがて崩壊します。基盤を失えば個人は力を発揮することができません。結局、コミュニティが崩壊して困るのはフリーを求めた個人に他ならないのです。

2 苦しいときこそ富は分かち合うべき

氷山に向かうタイタニックの上で食料を奪い合っても意味がありません。それぞれがバラバラに最適化すれば、力は分散され、まとまりを失います。自分だけ助かろうとする人が増えれば、助かるはずの人は減るのです。生き残るためにすべきことは、コミュニティとしてまとまることです。どうすればコミュニティを維持できるかをそれぞれが考え、力を終結させることです。特に、苦しいときほど配分を争っている場合ではありません。

3 コミュニティは個人が力を発揮するための基盤

  • それぞれが富を占有し、それぞれが独立している社会
  • 自分だけが助かるために他の人を蹴落とす社会
  • いつも隣人を疑うような閉じこもった社会

フリーな社会は本当に望ましい社会なのでしょうか。そうではないと思います。やはり、何らかの形でコミュニティに自分の身を所属させ、属する人のために自らの力を注ぐことが望ましいと思うのです。コミュニティのために、なんらかの形で自分の力を差し出すことは、いままで自分を育んでくれたコミュニティに対する礼儀であり、そして次の世代に対する責任です。コミュニティに注がれた力は、いずれ新たな力を生み出し、後に自分を支えてくれる大きな力にもなります。苦しくとも貧しくとも喜びも悲しみも共有できる人に囲まれて暮らす方が、富を握り締めて孤独に生きるよりも幸せだと思うのは私だけでしょうか。

喜びは分かち合うことによって倍になり、
悲しみは分かち合うことによって半分になる。
コナン・ドイル


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