sadadadの読書日記

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飽きない工夫こそが続けるために必要なもの

生きていくのに必要なものが不足している『足りない』世界は沢山あります。そういった世界では必要なものを供給するためには『しかたなくする仕事』が求められます。一方で私達はいわゆる『足りている』世界に住んでいます。そんな足りてる世界においては仕方なくする仕事に従事する必要性はそう高くありません。足りていないものを満たすために、仕方なく仕事をしなければならない理由がないにもかからわず、足りていないものを埋めるために働くのは矛盾している気がします。このパラドクスはなぜ起きるのでしょうか。

任天堂 “驚き”を生む方程式

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1 足りていないのは満たされない心

現在、先進国において貧困が大きく取り上げれられていますが、本当に食べられない人は僅かです。食べられる人が仕事以外の時間、何をするか考えればすぐにわかります。それぞれに『遊ぶ』のです。足りている世界において足りていないものは、人それぞれの欲求なのです。それらは必要最低限の需要とは関係ありません。そういった欲求を満たす面白さこそが需要を生み出す原動力になるのです。つまり、面白くなければ足りている世界では需要を作り出すことができないのです。

2 面白さは続かない

人は遊び過ぎると、いつかは『遊べない』状態がきます。その先に待っているのは『退屈』です。『退屈』は新しい欲求を生み出します。大切なのはこれを問い続けることなのです。遊べば遊ぶほどに退屈になっていく世界で退屈しないためには遊ぶことに対して問い続けるしかありません。遊ぶことを再定義し続け、新しい問いを繰り返しつづけることでその面白さを維持しつづけなければならないのです。

3 ソーシャルゲームが流行るわけ

そういった意味で『暇つぶしを提供しつづける』というの考え方は大いに参考になります。どれだけ退屈した心を埋めることができるかという考え方は『遊び』を想像し続けることと同義です。必要なのは、市場分析でも、生産技術でも、労働管理でもありません。欲求をいかにして満たし続けるかという仕事なのです。そういった「仕事」は仕事とよべるかどうか分かりませんが、足りている世界において『遊び』続けるために必要なことなのかもしれません。

4 遊ぶために苦労してはならない

他人を遊ばせるために自分が遊べなくなる。そういった「辛いことを我慢していくのが仕事」にしてしまうのは、遊ぶ対象が自分の遊び場から遠いからに他なりません。自分の遊びの範疇のなかで仕事ができるなら、楽しい遊びがそのまま仕事になりえます。そして、その遊びを通してより多くの人が遊べるならそれは誰にとっても幸せなはずです。もう『足りてない』世界ではないのですから、本当は遊ぶことと仕事の境界線は作る必要が無いはずなのです。

仕事は遊びだ。ゲームだ。だからこそ徹底的に一生懸命やる。 
斎藤一人

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