sadadadの読書日記

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平等は中抜きを考えている人の言い訳

平均値よりも下の人が他人のフレームの力で平等のラインまで引き上げられることは社会全体の活力を削ぐことになります。なぜなら『今の」環境に適応している状況にぶら下がったとしても環境が変化してしまえばぶら下がることが出来なくなるからです。平等とはその時期のその場所の母集団の平均値を取るもので、時代や場所が変われば平等の基準は変わります。平等のラインは常に動いているので誰も引くことができないのです。

これから「働き方」はどうなるのか

これから「働き方」はどうなるのか

1 機会の平等を求めれば不合理になる。

機会の平等を保つためには、みんなが妥当と考えるラインにまでそれぞれに機会を配分しなければなりません。客観的な視点はその母集団によっても左右されるので、常に絶対的な視点を確保しなければならないからです。必ず白黒つけられるような前提がなければならないので基準が画一化される必要があるのです。フェアを担保するジャッジには高い能力とそれを支える縛りの多いルールや高い倫理規定が要求されることになります。つまり機会の平等はその前提となる絶対性を確保するために多大な労力を要するのです。機会の平等を求めれば求めるほどそのコストは膨らみ不合理になります。

2 結果の平等を求めれば不公平になる。

結果の平等は機会の平等で述べた絶対的な視点を確保する必要がなく、評価に対するコストが極めて低いというメリットがあります。しかし、結果の平等を求めるがあまり独創性を叩き、成長力する意欲を削ぐ出るデメリットのマイナス効果は計りしれません。バリエーションは新しい力を生み出す源泉であり、それを支える意欲は利益によって裏打ちされていなければ社会の新陳代謝を促すパワーは失います。結果の平等は停滞を生み出すばかりか、自らが変化しないことで環境に耐える力を失うのです。

3 『平等』という概念は自然界には存在しない不自然な制度。

自然界は多様性を持ち、競争の中で淘汰されてその環境に適応していくものが生き残るのが基本になります。そして平等は画一性を生んでしまいます。多様性を認めず、同じ属性を共用すれば、ある環境においてはうまく適応でき最適に機能するかもしれませんが、環境が大きく変わってしまえば適応できずに一気に滅んでしまう可能性があるのです。

4 平等は中抜きを考えている人の言い訳

平等に調整するためには中にいる組織や労力ばかりが大きくなります。そして、その生産性のない中抜きのために、いつの間にか配分するモノが無くなっていたというのは笑えません。できるだけ中抜きを排して自然状態にできるだけ近づけることが社会の最大の成長路線です。競争が激しすぎれば当然淘汰が進み、過当競争になり非人間的になることは否めませんが、ドロップアウトした人が再スタートができるようなラインを確保することでこの問題は解決を見ます。本当の平等のラインは底辺のスタートラインに立たせることまでなのかもしれません。

平等主義者は彼ら内身の水準まで他人を引き上げることを望むが、彼ら自身以上に引き上げようとはしない。
サミュエル・ジョンソン


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